川俣 純

無機-有機ハイブリッドによる光素子の実現に向けて
川俣 純(山口大学)

 粘土鉱物に代表される無機層状化合物の層間に取り込まれた有機化合物は、溶液中や固体状態とは異なった特性を示します。例えば、溶液状態では蛍光を発しない物質が、粘土層間に取り込まれると蛍光を発するようになったり、分子レベルでの非線形光学特性が粘土層間では溶液状態に比べ10倍以上にまで増強される例が報告されています。しかし、一般に光散乱体である粘土-有機化合物複合材料を、光デバイスとして利用するためには、インコヒーレントな光散乱を極限にまで抑制した粘土-有機化合物複合材料の集合体を得る必要があります。私たちは、粘土LB法やろ過法を基盤とした方法により、低散乱な粘土-有機化合物複合材料を作成する方法をあみ出すと共に、優れた光機能を示す複合材料を創製しています。

1. 粘土LB膜の作製法
 単層にまで剥離させた粘土の水分散液で満たしたLBトラフに、有機化合物の揮発性溶媒溶液を展開すると、粘土層とカチオン性化合物とが静電的な引力によって複合化し、粘土単一層に裏打ちされた有機化合物の単分子膜が形成されます(図1)。それを基板に累積することで、粘土-有機化合物ハイブリッドLB膜が得られます。
 累積を繰り返すと、有機層と粘土層とが交互に積層された構造をもつ膜が得られます。この膜においては、有機化合物の配向を決定する因子として、粘土とカチオン性の有機化合物との間に働く静電的な引力相互作用を利用することが可能です。そのため、明瞭な親水性基と疎水性基を併せ持たない、いわゆる非両親媒性分子を有機物として用いても、有機化合物が配向した分子集合体を構築できます。

図1. 粘土LB膜の作製の模式図
図2. ろ過を基盤とする粘土-有機化合物ハイブリッド膜の作製手順。混合(左)、ろ過(中)、得られた自立膜(右)。

2.ろ過膜の作製法
 1)粘土の希薄な水分散液と、水と混合する溶媒に溶解したカチオン性有機化合物の溶液とを混合することで、イオン交換反応により複合体を作製し、2)その複合体分散液をろ過し、3)フィルターの上に残った複合体をフィルターから剥離する、という簡単な手順でも複合体の自立膜が作製できます。私たちはこの際、1)用いる粘土の粒子のサイズ、2)複合体を作製する際の粘土の濃度、3)導入する有機化合物の量を制御すれば、極めて低散乱な粘土-有機化合物複合体を作製可能であることを明らかにしました(図2)。最適化された条件で作製した複合体膜は、散乱が無視できる質の試料が要求される二光子吸収特性の評価が散乱補正を行うことなく行えるほどの質を有しています。

3. 粘土-有機化合物複合体からなる二光子吸収材料
 二光子吸収とは、物質が二つの光子を同時に吸収する現象です。この現象における光吸収レートは、入射した光の強度の二乗に比例するため、適切な条件の下レンズによって集光したレーザー光を物質に入射すれば、光強度の高い焦点付近でのみ二光子吸収を生じさせること、すなわち、光吸収に三次元空間選択性を持たせることができます(図3)。この特徴を利用した、三次元光記録は、次世代テラバイト大容量光記録の最有力候補と期待され、二光子吸収の感度が高い材料の開発が待たれています。
 私たちは、粘土の層間にポルフィリンの誘導体を取り込ませると、一分子あたりの二光子吸収効率が溶媒中と比べて最大で13倍にまで高められることを見いだしました。この材料は、経済産業省のロードマップ2007で、2015年以降にようやく達成できると予想されていた高い二光子吸収効率を世界に先駆けて達成しています。現在、なぜ特定の色素の二光子吸収効率が粘土層間で飛躍的に増加するか、その原因の解明を進めています。この原因が明らかになれば、二光子吸収効率が桁違いに大きい粘土-有機化合物複合体を意図して設計できるようになり、二光子吸収を応用した様々な技術が社会で広く用いられるようになるでしょう。

図3 蛍光色素の溶液に、レーザー光を左側からレンズで集光して照射した際の様子。吸収がある波長の光を照射した際(左)は一光子吸収が生じ、レーザー光が試料の内部に進行するにつれて減衰する。そのため蛍光は入射面から焦点にかけての範囲で発生している。吸収帯のおよそ二倍の波長の光を照射した際(右)は、光強度の高い焦点付近で二光子吸収が生じ蛍光が観察されているが、入射面近傍では光強度が低いため二光子吸収が生じず、蛍光が生じていない。
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